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_「一から十」

_「一から十」

ブログタイトルの「一から十」には、自分の見たこと聞いたこと感じたこと「一から十まで、すべて」という意味と「マイナス(-)をプラス(+)に転化する」という意味と「一を聴いて十を知るものであって欲しい」という思いを込めています。人生の戦いに日々格闘する方々と、前向きに生きていくための勇気と知恵と活力を分かち合いたいと思います。

 

城跡から洲本市街地を臨む


現在ある模擬天守は、1928年(昭和3年)に御大典(昭和天皇の即位式)を記念して、鉄筋コンクリート製で築造されたもので、江戸時代の天守を復元したものではないが模擬天守としては日本最古のものだそうです。2011年3月はじめに模擬天守の壁面にひび割れが見つかり、補修工事を行うことになったため模擬天守への立ち入りは禁止されていました。
洲本市は、数々の名曲を生み出した作詞家の阿久悠(作家、作詞家)宝塚の男役トップスターだった大地真央の出身地でもあります。洲本市が舞台となった小説・映画・テレビドラマには、阿久悠の小説、映画の「瀬戸内少年野球団」、小説ドラマの「お登勢」、映画の「北の零年」があります。


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洲本城から城下町と大浜を臨む


模擬天守が立つ高台からの市街の眺望はすばらしかったです。大浜海岸から洲本市街までが一度に俯瞰できます。遠方までは靄がかかってあまり見えませんでしたが、天気が良ければ、大阪湾、紀淡海峡、紀伊水道、播磨灘の大パノラマを拝むことができます。関西空港やや大阪市街、和歌山市街までも見えそうな感じでした。さすが水軍の城として築かれただけのことはあります。播磨灘を行き来する大型船が何艘も行きかっていました。洲本城からであれば、陸、海両面からの敵の侵入も早期に発見でき、切り立った山の上に城があるので、城の立地としては最高だと思われました。
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洲本城


淡路島の中で最も古くから栄えてきた城下町として洲本があります。洲本市は推計人口45,586人(2013年5月1日)です。その洲本市街を臨む高台に聳え立つのが洲本城です。三熊山と呼ばれる洲本市街を一望できる山に立地していることから別名、三熊城とも呼ばれているそうです。車で三熊山の城近くまで行くことができます。美しい石垣が残り、国の史跡に指定されています。三熊山周囲には城郭の遺構が数多く残っており、中世の山城の城郭建築を今に残す貴重な学術資料となっているそうです。今から500年も前の1526年、三好氏の重臣・安宅治興が築城したのが始まりで、1581年(天正9年)の淡路討伐の際、総大将羽柴秀吉に降り、城は仙石秀久に与えられた。しかし、秀久は九州征伐の際に軍律違反を犯して高野山へ追放され、かわって脇坂安治が城主となり、天守が造営されるとともに、石垣の大改修の際、倭城での経験から「登り石垣」が築かれた。江戸時代になり、姫路城主池田輝政の三男忠雄が領主になった際に廃城となりました。洲本城は、この立地からしても難攻不落の城であったことは間違いありません。それ故か攻められて歴史の表舞台に登場したことがないのが、あまり有名にならなかった理由とされています。
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