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_「一から十」

_「一から十」

ブログタイトルの「一から十」には、自分の見たこと聞いたこと感じたこと「一から十まで、すべて」という意味と「マイナス(-)をプラス(+)に転化する」という意味と「一を聴いて十を知るものであって欲しい」という思いを込めています。人生の戦いに日々格闘する方々と、前向きに生きていくための勇気と知恵と活力を分かち合いたいと思います。

 

羽根木公園の梅



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梅がいいのは、花を楽しんだ後に実も楽しめることですね。



 
 

羽根木公園の梅


羽根木公園は、8ヘクタールの広さ。その公園に700本の梅が咲き誇っています。
 
 

羽根木公園の梅 紅もあれば、白もあり 青い空に映えてきれい。



 
 

羽根木公園の梅まつり


羽根木公園に到着。ここには700本の梅の木があるそうです。これだけの数は、都内では珍しいですね。植樹が始まったのは、昭和40年代だそうです。
 
 

緑道の路傍に咲く紫の花 春の訪れを感じさせてくれます。



 
 

緑道で見かけた10月桜



 
 

環七から小田急梅ヶ丘駅方面にのびる緑道


世田谷には、住宅街を縫うようにのびる緑道をよく見かけます。この緑道も昔川だったところを暗きょ化して作られたもののようです。この道を北進すれば、終点は、小田急の梅ヶ丘駅前です。羽根木公園はもうすぐそこです。
 
 

途中、道端で見つけた深紅の椿の花です。春を感じさせてもらいました。



 
 

環状7号線


本日は、天気が良かったので、見ごろだと聞いていた梅の花を見に行きました。目的地は、世田谷の羽根木公園。まだ一度も行ったことがなかったので、足を延ばしてみました。田園都市線の三軒茶屋で下車して、黙々と歩いて北進しました。途中、環七に代田あたりで出ました。
 
 

子供は黙っていても勝手に育つもんなんですね

子供は黙っていても勝手に育ってくれると言うのが、最近の私の思いです。子供の為にといろいろあれこれいっても、子供たちに聞く準備、状態がなければ、いくら言っても反感を買うだけで効果はありません。今日、サッカーの練習で、息子がリフティングしているところを見ました。昔、全然できなくて、練習しろしろやかましく言っていましたが、全然やろうとせずに、うるさがるので、その後、言わなくなったら、自ら、朝早く、学校に行く前の30分間程度、朝練に出かけるようになって、近くの公園で励みだすようになりました。その成果が出ているんだと思います。昔は、ベンチを温めているばかりでしたが、最近は、試合にも結構出してもらえるようになって準レギュラー的な存在にまでなってきました。できるようになると練習も面白くなってきて良い循環が彼の中に生じてきてるんだと思います。この調子で、勉強の方もよい循環に乗ってくれればと思っている次第です。そのためには、自分が、子供を信頼して、黙っていることかなあと思っています。ちょうど反抗期まっさかりの娘も同じで、最近は、話相手になってくれない状況ですが、今日、部活に出かける娘の後姿を見たら、もうそこにいたのは、昔、自分の膝にのっかっていた幼い娘ではなく、もう一人の完全な女性の姿でした。黙ってても子供は勝手に育ってくれるんだなあとつくづく思いました。自分の子供なんだから、子供たちを信頼して、黙って見守って行こうと思います。
 
 

三浦按針

僕にとって、三浦按針と言えば、私の生まれ故郷横須賀の逸見にある按針塚が思い浮かびます。先日、日本橋の室町に出張で行った際に、この日本橋室町1 丁目辺りにに三浦按針の遺跡があり、その前の通り「按針通り」という名前がつけられていることを知り、びっくりしました。何だろうと思って調べてみました。すると、この日本橋の地に江戸時代、三浦按針の屋敷があったそうです。屋敷周辺は昭和初期まで按針町と呼ばれていたそうです。三浦按針は、姓の三浦は領地に由来し、按針は水先案内人です。本名は、、ウイリアム・アダムスで、オランダ東印度会社の英国人航海士として、オランダ船リーフデ号で東洋を目指してやってきた際に、慶長5年(1600)暴風の為、豊後国(現在の大分県)に漂着しました。日本に渡来した最初の英国人として、徳川家康に招かれた按針は、当時の国際情勢や造船・航海術、天文学や数学等を指導した功績で旗本に取り立てられ、相模国(神奈川県)三浦郡に領地を与えられ、江戸城のそばの日本橋に屋敷まで与えられ、徳川幕府の外交ブレインとして日英貿易に貢献しました。按針と共にリーフデ号で漂着したヤン・ヨーステンも江戸に招かれ、屋敷地近くの「八代洲河岸」が現在の「八重洲」になったそうです。また、リーフデ号の積荷の大砲が、関が原の戦いや大坂の陣で活躍したそうで、家康に天下を取らせたのは、まさに三浦按針だと言う人もいるほどです。スウィフトのガリバー旅行記のインスピレーションを与えた人物であることでも有名で、とんでもない人物であることがわかります。この三浦按針の人生にスポットライトを当てた大河ドラマをつくろうじゃないかという運動も起こっているようです。今後が楽しみです。



 
 

いずれなくなってしまうさいか屋川崎店



 
 

さいか屋川崎店閉店


さいか屋の川崎店もついに閉店となってしまいました。さいか屋と言えば、私の故郷横須賀に本店をもつ老舗デパートです。僕の幼少の頃はデパートと言えばさいか屋。家族でよく行ったものです。まだ幼稚園のころ、デパートで迷子になり、親を心配させたこともありました。幼少の頃のキラキラした思い出たっぷりのさいか屋。横須賀のほか、川崎と藤沢の神奈川県下のほか、町田にもかつてはありました。そんなさいか屋ですが、経営難に陥り、横須賀の本店もなくなり、川崎店もつい最近閉店となり、さびしい限りです。
 
 

弱くなってしまった肝臓

最近、すっかり弱くなってしまいました。歳ですね。そんなに飲んでないはずなのに、最近は、翌日二日酔いの事が多いです。たぶん、アルコールの分解力が格段に落ちているからだと思います。若いころと同じ感覚で飲んでるともう翌日てきめんです。徹夜もできなくなってしまいましたし、目も老眼で細かい字が見えにくく、本の速度も格段に遅くなってしまいました。心は人生の第3コーナーのつもりですが、もう体は、第4コーナーなのかもしれません。残された人生を有意義に過ごさなくちゃ!
 
 

家ぼっち

私は、家ぼっちです。家の中でひとりぼっちなのです。妻から相手にされず、反抗期に入った娘にも避けられ、一番下の息子も、彼女らの態度に同調して私の相手になってくれません。私がたまに早く自宅に帰ると、みんなに怒られます。普通に帰ったら、みんな先にご飯を食べてしまって、一人ぼっちで食事です。家族のだんらんを求める自分は、みんなと一緒に食べながら一日の出来事を家族みんなで笑いながらしたいと思っているんですが、そんな団欒は最近はめっきりなくなってしまいました。ちょっと前にクリスマスに一人ぼっちのことをクリぼっちと言われるようになりましたが、私は、家庭で一人ぼっちなので、家ぼっち(いえぼっち)です。
 
 

新橋居酒屋 恭恭(きょんきょん)

昨晩は、汐留の高層ビル上階の眺めのとってもよい某社の会議室で会議した後、会社の同僚たちと新橋駅烏森口から徒歩2分のところにある居酒屋恭恭(きょんきょん)で飲みました。ここは、瀬戸内、特に岡山県と全国の海や山や畑から集めたこだわりの食材を使ったスローフードを提供してくれる居酒屋です。2階の個室で美味しい料理に舌鼓みを打ちながらビールと日本酒を楽しみました。岡山の平地で放し飼いされた鶏の卵をつかった一切れ250円の厚焼き卵が印象的でした。牛すじの煮込みもとても美味しかったです。 
 
 

京急梅屋敷駅まで続く商店街 徒歩10分ほどで病院に到着 


いつも、母は、この商店街を通って通っています。この商店街入り口の道路を隔てて斜め向かいにある東邦医大の5号館1階のレストランで昼食(ネギトロ丼)を食べてから、商店街の中央付近にある琵琶湖という喫茶店でお茶してきました。瞳孔が戻るには4時間ほどかかるので、診療後は、しばらく病院近隣のお店で時間稼ぎして瞳孔が戻ってから帰途につくようにしているようです。
 
 

東邦医大医療センター大森病院 2号館


東邦医大の本拠地。大きな病院です。
 
 

東邦医大医療センター大森病院


外来は、一番奥の1号館、過去、母が入院した際は、一番手前の3号館に入院していた。この病院に通い始めて20年。年5回ほどの来院なので、トータルすると100回くらい通ったことになる。横須賀から京浜急行で通っていますが、高齢になって、通うのも大変になってきました。
 
 

東邦医大通り


今日は、母の眼科の定期検診。母は、20年ほど前から東邦医大医療センター大森病院の眼科にお世話になっています。検査のために、薬で瞳孔を開くため、検査後は、しばらく眩しくて前が見えにくくなることから付き添いが必要と言うことで、いつもは、世田谷在住の妹が同行してくれていますが、今日は、自分が、会社の午後休をとって、同行いたしました。都心から京浜東北線の快速で蒲田駅で下車徒歩10分位で到着しました。
 
 

九転十起

朝ドラ、毎日楽しみに見させて頂いております。その中で、あさのモットーとして紹介されているのが、九転び十起き。普通は七転八起と言われますが、それ以上に失敗と再生の連続の人生があさの人生ということです。同じく九転十起で有名なのが、京浜工業地帯の礎をつくった、浅野セメントの創業者、浅野総一郎です。浅野学園の設立者でもあります。維新後、西洋に追いつけ追い越せで日本の基礎を作った明治人は、みんな、九転十起で頑張っていたんですね。今こそ、もう一度明治の気骨とやらを思い出す時かもしれません。
 
 

家事やってダイエット

家事ってかなりの肉体労働ですようね。風呂掃除に、食器洗い、お布団入れに、洗濯物の取り入れ、ゴミ捨てと、僕のできる家事はその程度だけど、家事を一生懸命やれば、妻に喜ばれるし、ダイエットにもなるしで、一石二鳥ということになります。だから、これからも嫌な顔せずに積極的に家事参加していきたいと思います。
 
 

斜め向かいには、これも家系のラーメン本牧家本店


家系ラーメン総本山の吉村家の創業者が、吉村家のあと、2号店として作ったのが本牧家というから、本格的な家系ラーメン店のようです。今度、食べに行きたいと思います。
 
 

ラーメン街道 環状2号線 向かいには、家系のらーめん環2家(かんにや)がありました。


ここも、待ち人で溢れかえっているところをみると超人気店のようです。環状2号線は、ラーメン街道として有名。下永谷周辺には、多くのラーメン店が軒を並べる。
 
 

魚介だしの濃厚なスープの神勝軒のらーめん 美味しかった。


家系ラーメンとは違った魚介だしのスープ、でも非常に濃厚でまるで家系の醤油とんこつを思わせる濃厚さ。癖になる味です。満席で常に待ち人が並んでいる状態で、かなりリピーターがいそうです。
 
 

神勝軒下永谷店


大勝軒からのれん分けした横浜港南区の下永谷にある神勝軒にいってきました。本店は、戸塚にあります。1時に着きましたが、休日のお昼時ということもあって、専用駐車場10台ぶんありますが、すでに満車。駐車するのにしばらく待たされました。さらに、店内に入っても、6.7人待っている人がいました。ここは、つけ麺が有名なようですが、ラーメンも美味しいと聞いていましたので、味付け卵をトッピングしたラーメンを注文しました。
 
 

河津桜で一足早く春を感じる



 
 

三浦海岸桜まつり クライマックス



 
 

河津桜って?


河津桜とは、ヒカンザクラと早咲きオオシマザクラの自然交配種とみられ、静岡県河津町で初めて発見されたことから河津桜と言われている、。河津町からほぼ同じ気候の三浦にやってきました。
 
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